青森サーモン®養殖ダイアリー⑦ 「サーモン水揚げが終わった養殖スタッフは何をしているのか」問題 その2
オカムラ食品工業が手掛ける養殖・調達・加工・販売の4つの垂直統合事業のうち、サーモン養殖事業にスポットをあてて、四季折々のイベントを追いかける「青森サーモン® 養殖ダイアリー」。
前回から、サーモン養殖のクライマックスとも言える水揚げが終わった7月上旬以降、養殖メンバーが何をしているのか、をご紹介しています。今回はその続き。前回は繁忙期だった水揚げ時期を乗り越えて、休暇を取っています、というお話でした。
以下が、養殖スタッフの現在のto do リストです。
①休んでいる
②今シーズンで使用した設備のメンテナンス
③来シーズンに向けた設備の準備
④今シーズンの水揚げデータの集計や現状調査
⑤海にいた成魚は水揚げ完了だが、淡水・中間養殖所の幼魚のお世話
前回①について書いたので、今回は②メンテナンス についてお伝えします。
海面養殖場 そのサイズ感について
最初に結論からいうと、メンテナンスという言葉に置き換えていますが、大半の作業は「掃除」です。
当たり前といえばあたりまえのことなのですが、ここでイメージしていただきたいのは、海面養殖場の「サイズ感」。このサイズ感を理解いただければ、養殖場スタッフ数名でチームを組んで取り掛かっても、掃除は1ヶ月では終わらない規模だということがわかります。ではどのくらいの大きさなのか、ちょっと考えてみましょう。
わたしたちの海面養殖場のうち、一番大規模で先進的な設備を整えているのは、今別町の沖合約1kmにある海面養殖場です。2024年水揚げの今シーズンは、直径35m以上のいけす14基で養殖を行いました。
この14基のいけすに、自動でエサを撒く自動給餌船「バージ船」を設置しています。
写真の一番手前のいけすから奥のいけすまで全長700m弱。いけすとバージ船を合わせた幅は約200mです。文章と海上の写真だけで、説明したサイズ感では、なかなか実感しにくいと思います。
どう比較すればサイズ感が伝わるのか、色々調べてみたらちょうどいい長さの設備が見つかりました。
東京駅です。
わかりにくいのはわかっていますが、実際に歩いてみたことのある設備、乗ったことのある列車の最大公約数なら、やはり東京駅でしょう。
もちろん、わたしたちが東京駅の空撮写真などもっていないので、東京都のリンクを貼ります。そもそも、許可なくドローン飛ばしたら捕まりますし(笑)
まずは、写真手前に見える長いホームが東海道新幹線のホームです。16両編成の全長が約400mあります。ホームの長さも同じサイズ感と見てよいでしょう。
次に、東海道新幹線のホームからズラッと並んだプラットホームの一番反対側、東京から新宿へ向かうオレンジ色の車両、中央線ホームまでの幅が200m弱です。赤レンガの駅舎の手前まで、ということになります。
となると、東京駅の地上ホーム設備を縦に2つ並べた大きさに、いけすとバージ船がすっぽり収まるくらい、とイメージしてみてください。結構広いのです。
この範囲で養殖しているいけすの掃除を行うのです。1ヶ月では収まらないことがおわかりいただけたでしょうか?サーモン養殖は、先進国となる北欧・南米で、効率的にリーズナブル(価格に対して価値のある)なサーモンを食卓に届けるために進化してきました。その結果、このような大規模養殖場を作り出しています。これこそが、サーモン養殖が「装置産業」と呼ばれる所以です。
いけすだけじゃない、養殖場の「掃除」
いけすの掃除のご紹介はもちろんするのですが、そこは「青森サーモン®養殖ダイアリー」、読者皆さんの想像の及ばないところをご紹介してこそ。普段話題の中心になる、円形のいけす以外のところでお話を展開したいところです。では上の写真をご覧ください。
写真をよく見ると、円形のいけすの周囲を碁盤の目のように正方形に囲っている線が見えます。これは「グリッド」といって、養殖場に張り巡らせているロープです。ロープの両端は、いけすが海流や台風などで流されないように、海底に沈めた「重し」で固定しています。いけすはこのロープに結びつけることで固定しています。
いけすを区画内に整然と収めるためにも、養殖場全体を効率的に固定するためにも、グリッドロープは重要な役割を果たしています。
このロープ、よく見ると海の青色よりも褐色になっていますね。これが掃除する対象です。グリッドに付着する褐色のものの正体は、
海藻と、貝・フジツボなど固着動物です。
グリッドロープに着いた固着生物は「多い」
水揚げシーズン中は、いけすの掃除はできても、他にもやることがてんこ盛りです。繁忙期のため、とてもじゃないですがグリッドロープまでは手が回りません。水揚げ後にようやく着手します。詳しくは、前回の記事をご覧ください。
海面に浮いている物体は、すべからく海の生き物にとっては、小魚の隠れ場・卵を産み付ける場所として、格好の棲み家になります。ロープも例外ではありません。海藻・貝・固着生物が定着し、その隙間にまた別の生き物が近寄ってきます。
では、どのくらいロープにこれらがいるのか、百聞は一見にしかずなので、まずは写真をどうぞ。
もう少し寄ってみましょう。
日本語のオノマトペ(擬態語)は、ほかの言語より豊かだと聞いたことがあります。そのオノマトペをして、この状態に最もよい表現はこれ。
「びっっっしり!」
グリッドロープに着いた固着生物は「重く、鋭い」
最初の写真は春、寄りの写真は夏なので、海藻の育ち方が違います。春に引き上げたロープには海藻がわんさか垂れ下がっていますね。海藻の正体は、ワカメ・コンブです。夏の写真は黒い貝がロープの表面をびっしり覆っています。この貝、ムラサキイガイと言います。
ムラサキイガイ、というと耳馴染みがないでしょうから、一般的なことばでご説明すると「ムール貝」です。足糸(そくし)という糸状の組織を貝殻とロープで結びつけます。スーパーなどで売っているムール貝にも、紐状の足糸がついているのを見たことがあるかもしれませんが、とても固いです。ちょっとやそっとで引き剥がすことはできません。
中の人の体感だと、98%がムール貝、2%弱がフジツボ、ムール貝500個に対して1個くらいのカキがロープについています。レアものですね。
もともとのロープの太さに比べて、ムール貝がついた状態だと直径は倍以上になります。これだけの数の生き物が住み着くと、当然ロープ自体が重くなります。グリッドロープが沈めば、いけすを含め、養殖場全体が沈みます。
そこまで放っておくことはありませんが、もしいけすが水没するようなことが起これば、サーモンがいけすから逃亡してしまいます。養殖の目的は水揚げなので逃亡は許されませんし、環境への影響を考えてもこれは当然許されません。
また、ムール貝もフジツボも殻がとても鋭いです。特に付着したグリッドロープ同士がこすれる場所では、ロープ自体を傷つけます。ロープが破断したら・・・いけすが沖に流されてしまいます。これも絶対に避けなくてはなりません。
写真の右に見える浮きや、ロープ結び目など、構造が複雑な部分は全て手作業で生き物を取り除きます。これは作業後のロープ。きれいになりました。
中の人も1日だけ、午前中だけこの作業を行いましたが、翌日は予想通り、筋肉痛になりました。日差しはきつく、握力を消耗します。手にマメもできました。頻繁に行う作業ではないと聞きますが、それにしても自然相手の仕事は体力勝負です・・・
延々続く「掃除」
先程の写真を再掲します。いけすの数だけ「マス状」に張り巡らされたグリッドロープが、東京駅の地上ホームのある面積の2倍の場所にあるのです。その総延長・作業量たるや・・・あまり考えず、ただ作業に没頭したくなるレベルだということはご理解いただけるでしょうか。
次にいけすに網を張り、サーモンを海面で養殖するのは11月頃。サーモンがいないこの時期でこそやっておきたい掃除は、いわば「暖房をフル稼働させる冬になる前に、エアコンのフィルターの掃除をしておこう」的な準備です。ただ、その規模がすごい。養殖メンバーは日々、淡々とこういった掃除を進めているのです。
養殖設備は、生き物にとって「格好の棲み家」
見ていただいた通り、想像以上の「びっしり具合」だったと思います。いかに養殖設備にいきものが付着するかというと、そこがいきものたちにとって「快適」だからにほかなりません。とはいえ、いけすの目的はサーモン養殖なので、妨げになるようなら手入れが必要になります。
豊かな海の一角を借りて養殖を行うには、陸上の畑と同じように多くのメンテナンスを必要とするのです。
文字数も既に「びっしり」になってしまいました。話がなかなか前に進みませんが、まだ「②養殖設備のメンテナンス」の話が続きます。
次回は養殖装置のもう一つの主役、いけすの魚網についてお伝えしようと思います。