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青森サーモン®養殖ダイアリー⑪ 海面養殖場の「作りかた」その2

オカムラ食品工業が手掛ける養殖・調達・加工・販売の4つの垂直統合事業のうち、サーモン養殖事業にスポットをあてて、四季折々のイベントを追いかける「青森サーモン® 養殖ダイアリー」。

今回の企画は「海面養殖場の作りかた」です。今回も引き続き、「お勉強パート」となります。大きく分けて2つのテーマがあります。

①脇野沢の地理的環境 ← 前回記事のパート
②区画漁業権について

今回は①をもう少し、と②についての内容です。そして、今回の後半からはいよいよ実作業がはじまります。どうぞお楽しみに。


前回までのあらすじ

2024年4月に、養殖事業に取り組むわたしたちのグループ会社「日本サーモンファーム」が、脇野沢村漁業協同組合(以下:脇野沢村漁協)の准組合員加入が承認されました。

2024.4.25 当社連結子会社の漁業協同組合加入のお知らせ
140120240425576901.pdf (xj-storage.jp)

オカムラ食品工業ホームページ IR情報より
むつ市脇野沢 区画漁業権の海域

この、一見すると地味なニュースリリースが持つ大きな意味について、前回の記事では脇野沢村という場所がどんな場所なのかをご説明しました。

人間には険しめの陸上、おしなべてサーモン養殖には好適地な件

もう少しだけ、前回の続きで地理的環境をお伝えしたく。
サーモン養殖に適した水温・水深・海流を満たす場所は世界中にありますが、ある程度共通している特徴があります。それは、
・フィヨルド
・海峡

です。地球の寒冷期に氷河が削った深い谷と、海流が発生し水通りのいい海峡は、ともにサーモン養殖の好適地と言えます。中でも、両方の条件を満たした、絶好の場所があります。フェロー諸島です。

アイスランド・イギリス・ノルウェーの間に位置する島々です。下のグーグルマップの通り、どの国からもかなり離れています。ノルウェーの海岸沿い、フィヨルドが数多くある緯度と同じ場所にあることがわかります。国家・領土でいうと、デンマークの自治領です。

さらに拡大してみましょう。18の島で構成されるフェロー諸島の地形が見えてきます。氷河に侵食され山が削られた結果、特に北東部のいたるところでフィヨルドがつながり海峡となっています。東西50km・南北100kmほどの範囲に島々が集まっています。

この結果、下のストリートビューのような光景が広がります。木が生えないため、氷河が削ってできたU字谷の山腹には地層があらわになっています。

Googleマップ ストリートビューより

陸地面積は1400平方キロ程度、沖縄本島が1208平方キロなので、それより一回り大きい程度です。
陸上だけ見れば、おおよそ人間の経済活動に向いているとはいい難いこの場所ですが、サーモン養殖には絶好の立地です。なにしろ好適地の条件をすべて満たします。では、海のデータで青森県と比較してみます。

フェロー諸島の海岸線の延長は約1400キロメートル、青森県のそれは約800キロ。サーモン生産トン数は、フェロー諸島で最大手の水産企業Bakkafrost社だけで約52000トン、青森県では最大の養殖量となる弊社で2700トン弱です。規模感の差は20倍弱です。
フェロー諸島がいかに好適地か、おわかりいただけたでしょうか。

Bakkafrost社のフェロー諸島での水揚げ量 2023年統合報告書 64ページより抜粋 integrated_report_bakkafrost_2023.pdf (cdn.fo)

とはいえ、青森県にも魅力ある場所があります。脇野沢も同様に、陸上だけでは推し量れない魅力や可能性がある、ということをお伝えするための好例となる、フェロー諸島の説明でした。

②区画漁業権について

それではもう一つの説明に参りましょう。
まずはタイトルにある「区画漁業権」という言葉で、すでに専門用語かつ理解したい気持ちの前に立ちはだかる壁となっている印象です。ひとつずつ、紐解いていきましょう。

まずは漁業権という言葉について。水産庁の説明を引用すると、こう書いてあります。

漁業権制度とは、都道府県知事の免許を受けて、一定の水面において排他的に特定の漁業を 営む権利を取得する制度。
漁業権は、①共同漁業権(採貝採藻など)、②区画漁業権(真珠養殖、藻類養殖や魚類小割式養殖など)及び③定置漁業権(大型定置など)の3種類に大別。

水産庁/漁業権について:水産庁 (maff.go.jp)

むつかしいですね。まずは前段として、なぜこの権利ができたのかについて考えてみましょう。

先祖代々の営みに命名=定義されたのが「漁業権」

当然のことながら青森県でも漁業法、いやさ近代的な法律ができる明治時代より前から、それぞれの土地で漁師さん達が連綿と漁業を営んできました。その場所で、地域の方々が漁場の整備を行い、ルールを決め、ときには漁獲量を制限するなどしながら、持続的に暮らしていけるように代々工夫して守ってこられた海です。

土地の漁師さんからすれば、その「代々守ってきた自分たちの海」で自分たちがこれまでどおり「優先的に」漁業を続けられるように、法的に権利を定義したのが上記の漁業権です。
なんのことはありません、これまでご先祖さまから引き継いできた海は、日本という国家ができてもあなた達のものですよ、という「再確認」のための権利です。

脇野沢の海は美しいです

区画漁業権を行使するための条件

またもやちょっと固い見出しになってしまいましたが、ここがわかれば、ニュースリリースの意味がわかりますよ。たくさんの前提の説明が終わり、これが最後の説明です。

わたしたちサーモン養殖場に設置しているいけすは、行政の言葉ではさきほどの記載にある「魚類小割式養殖」という種別になります。この設置には区画漁業権が必要です。区画漁業権を含めた漁業権は、都道府県知事が認可を行う免許制です。そして、脇野沢の海で現在漁業免許を持っているのは脇野沢村漁協です。そして、脇野沢村漁協が持っている漁業権の行使は、漁業組合員だけが可能です。
ああもう、難しいですね。

サーモン養殖のいけす。直径35メートル。大きいです。

落ち着いて、ここまでの内容を整理すると

・サーモン養殖には法律区分で言う「区画漁業権(免許制)」が必要
・免許の認可は都道府県知事が行うが、既存の免許所有者との協議が必須
・脇野沢の海の漁業権は脇野沢村漁協が所有している
・脇野沢村漁協の区画漁業権を行使できるのは組合員のみ

ということがわかります。
つまり、わたしたちが海をお借りするには、脇野沢村漁協さんに以下2つのことをしていただく必要があります。

①わたしたちを、脇野沢村漁協の組合員の一員に迎えていただき
②組合員になったわたしたちが、脇野沢村漁協が区画漁業権を行使する

①②について、脇野沢村漁協の意思決定機関での承認・合意が必要です。

前半でお話ししたとおり、法律や権利という定義ができる前から、脇野沢の海は脇野沢の漁師さんたちが何代にもわたって整備し、守ってこられた海です。わたしたちは、地元の方々との共同推進をなによりも大事にしています。連綿と続くこの地域の営みを理解し尊重してはじめて、わたしたちは地域の海をお借りできると考えているからです。

むつ市脇野沢 九艘泊(くそうどまり)地区全景

この海でサーモン養殖を行うにあたり、この土地の歴史に敬意をもって、誠心誠意サーモン養殖の意義や目的、経済的利点だけでなく、海を一緒に守っていく仕組みづくりも含めご説明し、その結果承認をいただきました。

ようやく、最初に記載したニュースリリースに戻ることができました。
2024年4月に、わたしたちは脇野沢村漁協に「准組合員」として加入しました。以降、区画漁業権の行使を行います。

養殖場をつくることよりも何よりも、地域のひと・海への思いが大事なので、前段としてのご説明でした。

サーモン養殖場をつくる

ここまでお読みいただきありがとうございます。では、タイトルにもある「サーモン養殖場のつくりかた」に参りましょう。わたしたちが付与いただいた区画漁業権のエリアは、前回記事でご紹介したむつ市脇野沢九艘泊(くそうどまり)・芋田地区の沖にあります。

脇野沢 芋田地区全景

当たり前ですが、海の上には番地もないですし、分かりやすいランドマークもありません。ではどうするのか?

とその前に、では区画漁業権はどのように定義されているのか?という疑問が先行します。わかるように定義されていないエリアを、計測して特定することはできないですよね。
すべからく、権利に関する取り決めは契約書にします。オトナの仕事ですから、誤解なく、齟齬なく、お互いが同じ認識を持つことがとても大事です。このようなときにどうするのか。それは、

「文章で表現する」。

言語というコミュニケーションを持つ人類の知恵です。具体的には、このような内容となります。


次のア、イ、ウ、エ及びアの各点を順次に結んだ線によって囲まれた区域
ア オ(むつ市脇野沢の陸上の標柱) から真方位◯◯度◯◯メートルの点
イ オから真方位◯◯度◯◯メートルの点
ウ イから真方位◯◯度◯◯メートルの点
エ アから真方位◯◯度◯◯メートルの点

数学の図形問題のような書き方ですね。陸上の任意の地点から方位◯◯度の方向に〇〇m進んだ場所を「ア」地点(地上じゃないので海点?)と決めて、あとは同じ要領で方位と距離を指定します。
この方法なら、誰がどう読み取ってもズレは起こりません。中の人も、この文書を読んでなるほど、と膝を打ちました。本当によくできているなーと思います。

最初の仕事 海上に「点を打つ」

そして、ここからが実作業です。先程の地図ア・イ・ウ・エの各地点に、ブイ(海上の標柱となる浮き)を設置します。これが最初の仕事です。
ブイに結んだロープの先に複数の重し(土のう 以降は現場用語として「土俵」と呼びます)を結びつけ、水深約60メートルの海底に土俵を沈めてブイの位置を固定します。視認性を高めるため、竿の先に赤い旗を立てています。
これが「養殖場をつくる」最初の仕事です。

ぽつねんと海に立つブイ。ここから養殖場づくりがはじまります

これで、海に出かけさえすれば、どのエリアが養殖場として利用していいのか、一目瞭然ですね。

続きは次回に

このあと、いけすの「輪っか」を設置するわけですが、そのいけすを固定するためのロープ(側:がわ)を張る作業へと移ります。その話については次回に譲ることにします。

今回も下の図の説明までたどり着けませんでしたが、時間は冒頭からこの図を使った説明になります。どうぞお楽しみに。

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