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青森サーモン®養殖ダイアリー⑬ 海面養殖場のつくりかた その4(完結)いけすを運ぶ

オカムラ食品工業が手掛ける養殖・調達・加工・販売の4つの垂直統合事業のうち、サーモン養殖事業にスポットをあてて、四季折々のイベントを追いかける「青森サーモン® 養殖ダイアリー」。

前回までは、新たな海面養殖場の立地や魅力を説明し、海面にいけすを固定するための側張り(グリッドロープ)を海底・海面に設置するところまでを説明しました。
今回はいよいよ、実際にサーモン養殖を行ういけすの「輪っか」を持ち込む作業、曳航(えいこう)です。その道程には何があるのか、ご覧いただければと思います。

青森県今別町にある海面養殖場全景 ひとつひとつの「輪っか」がいけす
いけす近影 手すりの部分で分かる通り、パイプ状の資材が組み合わさってできています

まずはじめに、今回の作業が、これまで説明してきた青森県むつ市脇野沢へのいけす曳航ではなく、現在わたしたちと漁業協同組合で試験養殖を行っている北海道上磯郡知内町へのいけす曳航現場レポートだということをお伝えします。詳細については以降の記事をご覧ください。

いけすの「つくりかた」

最初の写真をご覧になった読者みなさんの最初の気付きは、「あんな大きないけすの輪っかを、運んで持っていってるんだ」ということではないかと思います。そしてさらに疑問を呼びます。それはつまり、運ぶ前段階となる「いけすの円形の「輪っか」はどこでどうやって作っているのか問題」につながります。

わたしたちが行っている大規模サーモン養殖において「標準サイズ」となるいけすは、直径40メートル。わたしたちが導入しているこのいけすは、サーモン養殖において先進国であるヨーロッパで使われているものと同じものです。具体的にはデンマークのメーカー製、つまり「輸入品」です。

スタッフといけすを一緒に撮ると、その大きさがよくわかります

となると、海外から輸入するにあたり、1万キロ以上離れたかの国から、その形状のまま持ってくるわけにはいきません。たとえ国内で作っていたとしても、青森までの距離を考えれば、状況は同じです。
ではどうしているのかというと、イメージしやすいようにあえて言葉を選ぶと「IKEAの組み立て家具」のように、とお伝えすると分かりやすいかもしれません。答えは、

部品に分かれた資材を青森県今別町に運び込み、港の広いスペースを活用して、基本的には専門の職人が陸上で組み立てている
です。

いけすは「組み立てて、運ぶ」

ここまでの説明でこんなふうに思う方もいるでしょう。「だったら、現地現場の海の上で組み立てればいいのでは?よしんばそれが無理であっても、最寄りの港を借りて組み立てればいいじゃないか」と。

まず、海の上での組み立ては困難です。いけすは、巨大なプラスティック製の水道管のような管がメインの部材です。輪っかの中の空洞にある空気の浮力で海面に浮いています。いわばイタリア料理におけるパスタ、ペンネのような部品を海上で組み立てれば、空洞に海水が入ってしまい浮力が失われるのは必定です。海の上で組み立てる説は、その説自体も浮力を失い海に沈むということで、ボツ(没)とさせてください。

いけすのメインフレーム兼フロート(浮き)となるパイプ。太いです 今別町の港にて

では、最寄りの港で組み立てる説はどうでしょうか。
組み立てを行なう港湾設備を活用するには、すべからく行政への説明・理解が不可欠です。必要な資材置き場や工具、そもそものサーモン養殖の概要を説明し、許可をいただくには時間も手間もかかります。
もちろん、サーモン養殖のメイン業務となる餌やりなどルーティーン業務については各地元・自治体と密な共有、丁寧な説明を尽くしますが、機会がそう多くないこういった作業については、慣れ親しんだ今別町の行政みなさんと漁協みなさんとの協業を主とします。

このため、いけすを設置する海面養殖場の現場や近くの港で組み立てるのではなく、青森県今別町の慣れ親しんだ港湾施設でいけすを組み立て、離れた海面養殖場へ曳航する、という方式をとっています。

前置きが長くなりましたが、ではいけすを曳航して、目的地となる知内町へ出発しましょう。

いざ出港

朝は空気がきれいで、そして寒い

すべからく、海の仕事は夜明け前からはじまります。これは、日中に比べて気温変化の少ない夜間のほうが、陸で温められた空気と海水で冷やされた空気の移動、つまり風力も海流も穏やか、ということが理由です。

とはいえ、明かりのない海の上でなにかトラブルがあったときに対応に向いているのは、もちろん日中です。船舶には必須で搭載されているレーダーや発信機も、今回曳航するいけすには、ついていません。レーダーには船だけが映るため、他の船にとっては、いけすについては視認だけが確認手段です。
日中の移動が好ましいが、なるべく穏やかな天候となると、薄明の時間を狙って出港する、という意味がおわかりいただけたでしょうか。

いざ津軽海峡へ

陸上で組み立て、進水(海に移動させる)させたのち、出発港に係留していたいけすを船に結びつけ、いざ出港です。今回の曳航にあたり、海上保安庁に事前に計画と航路についてはお知らせ済みです。
時速は概ね2-3.5ノット(時速4-6km程度)。歩くスピード程度が限界です。早く運びすぎると、いけすが損傷してしまいます。

日の出を迎える曳航船(左)とサポート船(右)。津軽半島をバックに進みます

この日の天候は晴れ、風はほぼなく、穏やかな日を選んでの曳航でした、海上については。
ところで、みなさんが思い浮かべる「海峡」はどこでしょう。お住まいの地域や観光で行く場所などとして、鳴門海峡・明石海峡・関門海峡などは、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。
で、津軽海峡。歌はご存知でも実際に海流を感じる距離でご覧になる機会の少ない場所です。飛行機では遠すぎます。新幹線は、その津軽海峡を「潜って」通り抜けるため、近くで目にすることはできません。
唯一、公共交通機関のなかでは、フェリーが一番実感できると思われます。青森~函館のほかに、マグロで有名な大間~函館で運航しています。

そのようには見えませんが、付近5kmほどの幅で、分速120mの流れがあります

機会があればぜひ直に船に乗って体験していただきたいです。というのも、津軽海峡の流れは、目で見えているよりも、はるかに速いのです。
この日の海流は西から東へ約4ノット(時速7.2km=分速120m)でした。津軽海峡の西の入口となる龍飛崎付近では、日本海側から流れ込むこの方向が通常の流れです。このスピード、曳航船より早く、黒潮のスピードと同じくらいです。と言われても実感するのが難しいですよね。でも、流れるプールで、1分間に120m流れていることを想像すれば、結構早いことがわかります。

あとは例えるなら、氷河でしょうか。氷河は、場所によっては1日あたり2メートル動くといいますが、上に乗っていても動きはわかりません。が、「気がつくと流されている」。ちょっと恐れすら感じるほどの大きな力が、海流と似ています。

船は隊列を組んで津軽海峡を渡る

曳航船は遠くに見える北海道を目指し進みます

向かうは知内町の海面試験養殖場、直線距離にして約50km。朝5時過ぎに出発した船は、曳航船とサポート船の2隻で移動します。サポート船の役割は2つあります。

いけすに寄り添う船がサポート船です

1つは曳航船の100mほど後方を進むいけすの存在を周りの船に知らせることです。
もう1つは航路の把握です。サポート船には運行計画を立案した責任者が乗船して、船の現在位置の緯度経度を確認しながら、計画と実際の運航状況を首っ引きで把握しています。

オレンジ色が計画航路 赤色が実際の航路(わかりやすいよう、誇張して記載しています)

この日の計画は、海流に流されることを見越して、目的地の知内町の方位よりも西向きに進路を向けていました(オレンジ色の矢印)。
が、にも関わらず実際の航路は大きく東へ流されました(赤色の矢印)。津軽海峡恐るべし。自然の力はあまりにも強大で、人間という存在の小ささを思い知らされます。

いけす曳航後、輪っかの下、海中に吊るす魚網。サポート船に積んで持ち込みます

さすがは国際海峡、漁船や地域の船だけでなく、巨大コンテナ船やオイルタンカーなども通ります。西から近寄ってくる船があれば、サポート船はいけすの西側に回り、近づく船といけすの間で存在をアピールします。東からの船には、サポート船は東側に回り、同様の機能を果たします。
レーダーでも船団の存在を知らせ、物理的にもいけすを守るこの動きを、津軽海峡を渡る間ずっと続けます。「ずっと」を具体的に言うと、今回の場合は10時間、です。自動車ほどは、すれ違う相手の数が多くはありませんが、接触すれば一大事です。このため、早め早めの察知・対処が必要です。パイロット船のメンバーは何気ない会話をしていても、目は常に周りに光らせています。

養殖場での係留準備

北海道の陸が近づいてきた 曳航船といけす

気がつけばすでに15時。出発から10時間、日が傾いてきました。なんとか明るいうちに海面養殖場に辿り着けそうです。

大型船が通る津軽海峡のメインルートを超え沿岸が近づき、いけすを視認しにくい大型船の存在がほぼいなくなったところで、サポート船はスピードを上げて海面試験養殖場に先回り。いけすを固定する側張り(海底・海面に固定したグリッドロープ)の枠までやって来ました。この日は本格的な固定を行うには日が傾きすぎました。仮結びで固定して翌日の作業に回します。

いけすの周囲にある側張り(グリッドロープ)を持ち上げ、係留用の側(ロープ)を結ぶ

係留した船からスタッフが浮かせた側(ロープ)の十字部分に乗り、固定するための側を結びつけます。これで、曳航船が到着次第、すぐに係留作業に取りかかれます。

ギッチギチに結び目を締め上げます

さらに1時間後、出港から11時間でついに知内町の海面養殖場に曳航船が到着しました。ゆっくり、ゆっくりと、固定する枠にいけすと引き込みます。完全に止まったところで仮止めです。スタッフの一人がドライスーツを着込んで、泳いでいけすと側(ロープ)を結びます。仮止めにせよ、これをもって曳航作業の完了・終了となります。

ひとことでいけすを引っ張って、養殖場に固定してきました、といっても、いけすの組み立てから曳航計画と準備、海流に揉まれながらの安全第一の航行まで、さまざまな出来事があって、ようやくいけすを設置しました。

いけすは1個から2個へ 倍増しました。

このあといけすの固定・魚網の設置ののち、淡水・陸上中間養殖場で育てたサーモンを海面養殖場に移動して、ようやく「新しい養殖場を増やして、サーモン養殖量を増やす」という計画が実現する準備が整いました。これでもまだ準備段階です。広い海で、壮大な計画を実行させるために、養殖スタッフはまさに東奔西走(とうほんせいそう)、日々津軽海峡を舞台に動き回っています。

ゼロからイチを作る養殖スタッフ

わたしたちの養殖事業グループ会社の日本サーモンファームのスタッフは、こうやってエサやり・掃除などのルーティーン業務に上乗せで「あらたな海面養殖場をつくる」という新規の仕事をこなし、日々邁進しています。

日本における大規模生食用サーモン養殖という産業は、はじまってからまだ10年と経っていません。若い産業が、その生産量・経済規模を増やしていくなかで、こんな挑戦を日々行っているということをお伝えしたくてはじめた、今回の「海面養殖場のつくりかた」は以上となります。

前例のない、刺激的な業務に心動かされた方がいらっしゃれば、ぜひわたしたちオカムラ食品工業グループの採用サイトまでお越しください。ご応募、お待ちしております!

本シリーズ 完了


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