青森サーモン®養殖ダイアリー⑩ 海面養殖場の「作りかた」その1
オカムラ食品工業が手掛ける養殖・調達・加工・販売の4つの垂直統合事業のうち、サーモン養殖事業にスポットをあてて、四季折々のイベントを追いかける「青森サーモン® 養殖ダイアリー」。
今回の企画は「海面養殖場の作りかた」です。そんな情報を公開しているところがあるのかどうか、このテーマに関してググってみました。結果、陸上養殖設備の売り込み情報はヒットしても、海面養殖場をイチから作る解説は見当たりません。そもそも、そんなことを書こうという人がいないのでしょう。ましてや組み立てるものは、「簡単」の代名詞、IKEAの家具ではなく、大規模サーモン養殖場。
素人ながらに想像力を働かせるだけでも、規模も手間も壮大です。それでもご説明したいのは、まだ日本国内で導入から間もない=知られていない「大規模 生食用 サーモン養殖設備」を青森で行っていることを、もっと知っていただきたいからです。
なかなか挑戦的な取り組みではありますが、ここから4-5回ほどのシリーズでこの「サーモン養殖場の作りかた」をお伝えしようと思います。
はじまりはここから「脇野沢で区画漁業権を得ました」
2024年4月に、養殖事業に取り組むわたしたちのグループ会社「日本サーモンファーム」が、脇野沢村漁業協同組合(以下:脇野沢村漁協)の准組合員加入が承認されました。
このニュースリリースのこの言葉だけではチンプンカンプンだと思われます。ではこのニュースがどういう意味を持つのかを説明していきます。大きく分けてテーマは2つ。
①脇野沢の地理的環境
②区画漁業権について
今回と次回は、いわば「お勉強パート」。ちょっとテキスト多めですが、読了に挑んでいただければありがたいです。
①脇野沢(わきのさわ)の地理的環境
脇野沢ってどこにあるの?
ここまでに5回登場したワード「脇野沢」。まず「それってどこ?」から疑問が湧き立つでしょう。説明の最初はここからです。
青森県むつ市脇野沢地区。青森県の2つの半島のうち東側、斧の形に例えられる下北半島の南西端、「刃の下端」に位置します。赤い丸の地点になります。
かつては脇野沢村という行政単位でした。が、平成の大合併でむつ市と統合しました。漁協の名前に脇野沢「村」を冠しているのも、ここに端を発します。
青森市内からですら、陸奥湾を反時計回りに車で走ること片道3時間。青森県内でも屈指の時間距離で有名です。
青森市内で「これから脇野沢行くんですよ」のひとことは、その道程を想像できる県民からはややヒーロー扱いです。ちょっとしたメールのレスポンスの遅れくらいなら「まあ、しょうがないか」、とならない事態もありますが、一定の情状酌量をいただける外出先、それが脇野沢です。
ではここで、わたしたちがこれから養殖を行う、下北半島南西端エリア・旧脇野沢村付近の衛星写真を見てみましょう。
愛宕山公園のあるあたりが旧脇野沢村の中心地です。赤い◯印が、わたしたちが養殖を行う場所です。ご覧いただくポイントは3つです。
・道路が海岸沿いに限られており、赤い◯印よりも西側には海岸道路がない
・内陸を貫く国道338号線の上半分は、険しい峠道を示している
・全域ほとんどが森
農業<<林業・水産業と、適した産業が何なのか、がわかり易いですね。
地図の次は、空撮写真で脇野沢を見る
では、赤い丸の地点を海から矢印方向に撮影した写真を見てみましょう。
左奥の地形(下北半島の斧の「刃」部分 西海岸側)を含めて、海岸沿いに平地がほぼないことがおわかりいただけますでしょうか。
次に、この海岸沿いに通した道路の写真を1枚、地元のみなさんが代々住まう地区の写真を1枚ご覧いただきます。
左側の断崖を削って通したであろう道路。険しいです。イタリア・ナポリの南、ソレント半島の南にある断崖絶壁にへばりつくような街、世界遺産アマルフィ周辺かと見紛う風景です。
ここは、わたしたちが今回養殖場建設にあたり、作業スペースをお借りしている蛸田(たこだ)地区・漁港です。写真左側の平地スペースでの作業は可能ですが、陸側の平地はほとんどないのがおわかりいただけるかと思います。
陸上だけ見ると、人が住まうには険しい場所、という印象を受けるかも知れません。しかし、眼の前に広がる海は、豊かで魅力的な場所です。だからこそ、この地でのくらしが営々と続いているのでしょう。
森からの恵みはヒバの木、海からはタイ・ヒラメ・マダラの漁場、北海道でニシン漁が盛んだった頃は「他所稼ぎ」(住む海域以外の漁場での従事)も含め、ここでは豊かなくらしが連綿と続いています。サーモン養殖という新たな産業の訪れは、この場所にさらなる変化をもたらすのかも知れません。
脇野沢の海は魅力的?サーモン養殖の好適地とは
なぜわたしたちが脇野沢でサーモン養殖を行うのか。その前に、まずはサーモン養殖の好適地について簡単におさらいしましょう。
1.適度な水深(いけすの網の容積に比例する)
2.20℃未満の海水温
3.酸素供給に必要な、適度な海流(いけすが損傷するほど強くてもNG)
好適地の条件の理由については、以下リンクもご覧ください。
1.適度な水深
さて、脇野沢がこの条件に合致しているのか。
下の図は、青森県陸奥湾の海底地形図です。陸奥湾の海水温をモニタリング・共有されている「陸奥湾海況自動観測システム」ホームページからお借りしました。温暖化のいまこそ、日々の海水温はとても重要な観測情報です。いつもありがとうございます!
この図から読み取り、お伝えしたいことは2点あります。
・脇野沢養殖場の水深が、陸からすぐ50メートルを下回る
・現在わたしたちの主力養殖場となる今別養殖場(四角赤枠)より深い
ということです。
脇野沢周辺をさらに拡大してみると、
水深50メートルの線が、脇野沢養殖場付近で右から陸地に突っ込んでいます。これは、陸からすぐに海が深くなり50メートルを下回る「深い海」であることを示しています。
上の写真の今別養殖場の水深は20~25メートル。脇野沢の水深の半分程度となります。今別養殖場の水深は、養殖にあたっては支障はまったくありません。ただ、より深いほうが有利なことがあります。それは、
・いけすの「輪っか」の下に吊るす網の容積を広くできる
ことです。
これは、いけすの「輪っか」の下に吊り下がっている魚網を海底側から撮った写真です。水深が深いということは、この網の範囲をもっと下に、深くまで広げられることを意味します。容積が増えれば、ひとつのいけすで養殖できるサーモンの尾数が増えます。にも関わらず、エサやりや掃除などは一度に行えるため、メンテナンスの効率化に直結します。
そして効率化はなにを意味するか。よりリーズナブル(価格に対して価値のある)なサーモンをみなさんにお届けできるようになります。これこそがわたしたちと、口にするみなさん双方にとって歓迎すべき世界線ですよね。
2.20℃未満の海水温を保つ期間の長さ
また、脇野沢沖は、先程のモニタリング観測結果の蓄積を見ると、陸奥湾内で指折りの海水温の低い地点です。
サケ類の故郷は、ベーリング海峡やノルウェーなど、高緯度の冷たい海・川です。サーモン養殖は、水温20℃を下回ることが必須条件です。海水温が上がればサーモンは熱中症になってしまい、食餌量の低下→体力・免疫低下→病気となってしまいます。
現在の青森県では、海水温を低く保てる海域は、海面での養殖期間を伸ばすことができる魅力的な場所です。より大きく、元気なサーモンを育てることが可能になるのです。
3.酸素供給に必要な、適度な海流
いけすは限られた空間です。常に酸素を含んだ海水が供給されることも大事な要件です。ちなみに、いけす全体の容積に比べ、サーモンの体積は2.5%以下。サーモンから見れば、自身の身体の40倍以上のスペースがある場所で養殖を行っています。
では、脇野沢の海流はどのくらい、どのように流れているのでしょう。
この説明によると、脇野沢では主に陸奥湾内から津軽海峡へ向けて、最大でも1ノット(1852メートル/1時間)ですので、分速に換算すると30メートル強。いけすが破損するほどのスピードではないですね。となれば、新鮮な海水が運ばれ、サーモンが呼吸するには十分な海流と考えてよいかと思います。
人間にとって険しい地形の脇野沢が、サーモン養殖にとってはいかに魅力的であるか、おわかりいただけたでしょうか。
まだまだ話したいのですが
区画漁業権の話までご説明できるかと思いきや、そこまで進めると8,000字に及ぶ大作になってしまいそうです。今回は、「むつ市脇野沢」という、サーモン養殖にとって格好の立地を詳しくご説明するまでにとどめておきます。
途中で登場したイタリアのアマルフィは、険しい地形を陸からの侵略防御に活用し、海洋貿易を行う都市国家として栄えました。地理的環境は、平地における人間の住みやすさだけで繁栄と比例するものではない、ということです。
脇野沢は、サーモン養殖という新たな「武器」を手に入れ、これからどのように変化していくのでしょうか。ご一緒することになるわたしたちにとっても、とても楽しみです。
このシリーズ、最終的には、弊社ホームページのトップ動画に登場する、この図についてご説明したいと思っています。なんのことやらまだわからないかも知れませんが、それは次回のお楽しみに。