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青森サーモン®養殖ダイアリー⑫ 海面養殖場のつくりかた その3 海の上にいけすを固定する

オカムラ食品工業が手掛ける養殖・調達・加工・販売の4つの垂直統合事業のうち、サーモン養殖事業にスポットをあてて、四季折々のイベントを追いかける「青森サーモン® 養殖ダイアリー」。

今回でようやく実践編、いけすを設置するための前提作業となる「側張り(がわばり)」の設置を行います。

側張りとは、海面に浮かぶいけすを固定するためのグリッド(枠)を海の中・海の上に設置したものです。と言われても当然ピンとこないと思われます。順を追ってご説明するので、まずはいけすを海に「固定」する、とはどういうことか、ここからお話しします。



サーモン養殖の好適地 条件はこちら

「適度な海流」と引き換えに得るもの

これまでもお話ししたように、サーモン養殖に必要な、大事な立地条件のひとつとして「適度な海流」があります。最大の必要性は「酸素供給」です。常に新鮮な海水がいけすを通ることで、酸素を含んだ海水がサーモンに届きます。また、清潔な海水が淀まずに流れていることで、衛生的にも良い状態を保つことができます。
ついでに言うと、衛生面も含め重要な「快適な住環境」のために、わたしたちはいけすの容積に対して、最大でも2.5%以下のサーモン、つまりサーモンの魚体に対して40倍以上の容積の海水が用意された状態で養殖を行います。
これは、サーモンが感じるストレスを減らすためでもあります。人間でも、過度な密集状態が長く続くとストレスになりますよね。通勤電車やスポーツ・コンサート会場などに例えれば、想像に難くないのではないでしょうか。

しかしながら、いけすを海面に固定するには、この海流がデメリットとなります。わたしたちのいけすの平均サイズは直径40m。海中にある魚網も含め、海流の影響を受け、いけすが流されます。この大きな力に対抗しうる固定手段が必要、ということです。

さて、ではどうやって陸地でない海に固定するのか。

常に動く海水の上にいけすを「固定する」

脇野沢にある海面養殖場の区画は、沖合約1.5kmほどの場所にあります。陸上であれば地面があるため、例えば杭を打つなどして設備を固定することが可能です。ところが、沖合となるとそうは行きません。海の上に設備を固定するには、その下にある海底を利用するほかありません。海の上でも、固定するには結局「地面」を活用するのです。

具体的にどうするかというと、土のうを複数くくりつけた重し・アンカー(土俵:どひょう と呼びます)を海底に沈めます。

土のうが整然と並びます。すごい量

土俵にロープ(側:がわ と呼びます)をくくりつけ、反対側の端にはブイ(浮き)を固定します。浮きの効果で海面に表出した「側」で、碁盤の目のような枠を作ります。「側」で作ったこの枠の中に、円形のいけすを入れ込み、結んで固定します。
これが、海面養殖場のいけすの固定方法となります。

海に図面を「正確に」描く

ここまでで、まずはいけすの固定方法をご説明しました。続いては固定する「場所」についての説明です。ここではまず章立てにある「正確に」、の意味を考えていただけるとありがたいです。

わたしたちが脇野沢村漁協から付与していただいた区画については前回お伝えしました。では、地図通りの場所に側といけすを設置するためにはどうすればいいのでしょうか。

脇野沢村漁協から付与いただいた区画はこちら。
詳細は以下リンクの前回記事をご覧ください。

このためには、測量の知識と技術を投下します。もう少し言うと、緯度・経度を測ることで、決められた範囲内で最大の規模のいけすを設置できるように、側を張っていきます。あらかじめ作っておいた、海上の図面の通りの場所を測量し、しかるべき地点の海底に土俵を海上の船から「落とす」。図面上の理論値と実際の設備の誤差がないように、厳密に測ります。具体的な作業についてはこのあとで説明しますね。

土俵を海底に「落とす」

ではここから、なにもない海の上と海底に、「土俵と側」で図面上の養殖場を実際に描いていきます。

むつ市脇野沢 蛸田漁港での土俵を船に積み込む作業。並んだ土のうの数が作業量を語ります

これから、側を結びつけた土俵を、図面通りに海底に設置する「土俵落とし」という作業を行います。土俵と側を予定地点の海底の上つまり海面まで持っていき「落とし」ます。さあ、それでははじめましょう。

陸上の作業スペースには、土俵の材料となる土のうが整然と並べられています。その数なんと11,000個。

再掲。見えているこの量でも、すでに半分ほど搬出したあとです

土のう1つあたりの重さは50kgです。計算すると、今回新たに設置する4つのいけすを固定するための側張りのために、550トンの土俵を海底に設置することになります。台風などの悪天候や陸奥湾の海流が早い日でも耐えられるアンカー(いかり=重し)として、これだけの土俵が必要です。

この写真は、土のう10個を一束にしたものです。船の両舷にこの土のうをぶら下げて、設置する海上まで運びます。この束を右舷に20束、左舷に20束、合わせて40束。一束は土のう50kg✕10個なので500kgです。つまり、いけすを結ぶ側一本の先に結ぶ、海底の土俵の重さは20トンです。

船の左舷に土俵をつなぎとめる

いざ海へ

20トンの土俵を両舷からぶら下げた作業船が現地へ向かいます。この日は海流が穏やかな日を選んでいたものの、土俵の重みで普段通りのスピードは出ません。慎重に、ゆっくりと運びます。

沖合の養殖場予定地には、パイロット船が待っています。作業船とパイロット船、二隻の舟で、これから土俵と側を設置する作業が始まります。手順は以下の通りです。

手順
1.すでに落とした土俵から伸びた側(ブイと結んで、海面に浮かせてあります)と、船でもってきた土俵から伸びた側をつなぎ、1本の側にする

2.土俵を落とすため、図面上の海底の真上に作業船を誘導する
緯度・経度を測定するメンバーは、パイロット船に乗船しています。

3.船でもってきた20トンの土俵を海底に落とす

では、詳細の説明に参りましょう。

1.1本の側にする

パイロット船。終日海の上に待機して、養殖場の図面を描く「司令塔」となります
作業員の後方に、パイプ状のブイ(浮き)が見えます

作業船が予定地付近に到着すると、まずはパイロット船に近づき「側」を渡します。パイロット船のメンバーで、持ってきた側とブイに仮止めしてある設置済の側とを結びつけます。絶対にほどけてはいけないので、これでもかと言うほど強い力でギッチギチに結びつけます。
この作業とは別に、少し細い「サブロープ」をパイロット船に渡しておきます。これは、次に作業の中で説明します。

スタッフが握る太いロープが「側」、右にある細いロープが距離測定用の「サブロープ」

2.場所を測定する

正確を期すために、ここだは2つの方法で測定します。1つは、先ほどご説明した緯度・経度で測定する方法、もう1つは、先ほどパイロット船に渡したサブロープを使います。
このサブロープ、全長200mほどあります。中の人が取材に行ったこのときには、パイロット船のいる場所から150mの距離に土俵を落とす予定でしたので、サブロープにつけた「150m」の印を目安にパイロット船との距離を取ります。この長さは、場所ごとの水深などによっても変化します。
サブロープは、海流や風の影響で常に流される作業船が目標地点に近づきやすくするための大事な測定方式です。パイロット船の指示だけでなく、作業船側でも能動的に予定の地点に近づけるのなら、作業効率は上がりますね。

3.土俵を同時に落とす

船から土俵を吊るしている箇所は、両舷に各2箇所ずつあります。合計4箇所にある土俵を同時に海に沈める必要があります。賢明な読者のみなさんの想像通り、各5トンの土俵をバラバラに落とせば作業船はバランスを崩し、乗船しているメンバーを危険にさらすことになります。同時に落とすことが大事です。
このため、落下点に着いたところで、合図とともに同時に土俵を海にリリースできるように、「切ってもいいロープ」で、土俵とつながる結びつけます。黒い「側」の両舷には、5トンずつの土俵がつながっています。当然ほどけないように、でも切断しやすいように結びます。

カラフルなロープが、切断用のロープ。両舷の黒い「側」同士を結びつけます

コーヒーブレイク

作業は順調に進み、ちょうど3時です。コーヒーブレイクの時間です。オフィスでの勤務ならコンビニや自販機、あるいはお湯を沸かしてマイボトルに入れて、などありますが、ここでのコーヒーは、土俵と一緒に缶コーヒーやジュースを海に持っていきます。終日、海上の小さな船で過ごすパイロット船にも差し入れです。

段ボールに入っているコーヒーをもって、舳先(船の先端)から渡す準備

パイロット船に近づいていく途中で、「どんな声をかけながら渡すの?」とメンバーに聞くと「コーヒーがほしいです、ください」って言ってもらおうぜ、などと話して笑っています。ちなみに、パイロット船の船長は、作業船メンバーの直属の上司です。
役割に上司部下はあっても同じ危険な海の上、真剣な作業の合間で他愛もない会話を楽しんでいる雰囲気、伝わったでしょうか?

船で近づいて側とサブロープを渡すときに、一緒にコーヒーの入った段ボールを渡します、というか若干放り投げてる(笑) 海の男たち、ワイルド。

コーヒーの入った段ボールを受け取って、笑顔のスタッフ

土俵落とし本番

さて、作業に戻りましょう。4つの土俵が、パイロット船と常に連絡を取っている作業船の船長の合図で落とされます。
作業船の船長は、パイロット船との距離を測る150mのサブロープと側を船に固定しながら、あるときは近づき、あるときはパイロット船とロープをお互いで引っ張り合いながら海流を読み、目的海底地点の真上に位置できるよう、操船技術を駆使して備えます。自社スタッフの手前味噌で恐縮ですがこれ、かなり高度な技術のように見受けられます。

船長が操舵室から拡声器で「作業員用意」の声が響きます。2人のメンバーが、先ほど準備した、写真丸印の「切ってもいいロープ」のある、船の中心に陣取ります。それぞれの前にある「側」の両舷にはそれぞれ5トンの土俵がつながっています。切断すると、黒い「側」は土俵の重さで矢印の方向に吹っ飛び、海へ沈んでいきます。
合計20トンの土俵を一気にリリースするのですから、その物理的エネルギーは強大です。不具合や間違いがあれば怪我や事故に直結します。このときばかりは、平穏だった作業船の空気が張り詰めます。

土俵を海にリリースする瞬間。切断用のロープを切り、両舷に下がる土俵を海底に沈めます

船長の「開始」の声とともに、両舷に渡して土俵をつないでいた「切ってもいいロープ」を2人のメンバーが同時に切断、土俵を海底に落とします。これが「土俵落とし」の作業風景です。

11,000個・550トンの土のう、換算すると20以上の土俵が海面養殖場の側張りの「20箇所以上の点」となり、図面通りに海底に落とした土俵同士を側で結んでできた図形が、この画像です。ようやくこの説明です。

今別海面養殖場のデジタル図面

この画像は、わたしたちのホームページのトップ動画でも登場する、青森県今別町にある海面養殖場の図面画像です。
側で描いた「枠」がそれぞれの直線、側の両端にある水色の線の先にある丸印が土俵です。

側張り全体の中心を左右に貫く「側」には、左右の各端に3本の土俵に向かって線が分かれているのが見えます。いけすを海上に固定するために、これだけの土俵が必要なのです。土俵の重さは、脇野沢と今別で異なります。潮流や推進など、その場所の環境に合わせて土俵の数も変わります。

おわりに

巨大な養殖装置が、地上や海面からは見えないところでどのように固定されているのか、おわかりいただけたでしょうか。

わたしたちが、日本に大規模生食用サーモン養殖を導入をはじめた10年ほど前から幾度もの設置を行ってきたノウハウが、この作業に詰まっています。強大な海という自然に向き合い、試行錯誤を繰り返してきた養殖スタッフの知恵に中の人は、ただただ感服です。

朝日を浴びる脇野沢の海 海はいい

長編読了ありがとうございました。
次回は本シリーズ最終回となります。最後の工程は、海面に出現した、いけすを固定するための「枠」に、いけすを持ち込んで固定する作業になります。マニアックな記事ですが、次回もどうぞお楽しみに。

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